shiwake-mcp
仕訳データの一次スクリーニングを行う MCP サーバー。依存ライブラリはゼロ。
総勘定元帳から仕訳を受け取り、15個のルールを当てて、先に人間が目を通すべき順番に並べ替えて返します。監査の現場でいう仕訳テスト(Journal Entry Testing)を、AIエージェントから呼べる形にしたものです。
依存ライブラリを持たない理由
npm install で入るものが1つもありません。package.json の dependencies は空です。
会計データを扱う道具に外部依存を足すと、導入のたびに「このパッケージは何をしているのか」を説明する必要が出ます。監査法人や会計事務所のネットワークで動かすとき、その説明コストは実装の手間より高くつきます。依存がゼロなら、読むべきコードはこのリポジトリの中だけで閉じます。
MCP の stdio トランスポートは、行区切りの JSON-RPC 2.0 です。SDK を使わなくても 200 行ほどで書けます。
動かす
Node.js 20 以上が必要です。
MCP サーバーとして繋ぐ
npm に公開しているので、npx で起動できます。事前のインストールは要りません。ダウンロードされるのはこのパッケージ1つだけです。依存がないので、ほかには何も入りません。
Claude Code なら1行です。
claude mcp add shiwake -- npx -y shiwake-mcp
名前の前に --scope project を付けると、プロジェクト直下の .mcp.json に書き込まれ、チームで共有できます。
Claude Desktop は設定ファイル(claude_desktop_config.json)に追記します。
{
"mcpServers": {
"shiwake": {
"command": "npx",
"args": ["-y", "shiwake-mcp"]
}
}
}
バージョンを固定したい場合は shiwake-mcp@0.1.0 のように指定します。コードを読んでから動かしたい場合は、リポジトリを clone して "command": "node"、"args": ["/path/to/shiwake-mcp/src/server.js"] と直接指定してください。
大きな元帳はファイルで渡す
数百件を超える元帳は、仕訳を会話に並べずに、ファイルのパスを渡します。仕訳を会話で渡すと、AI がそれを全部書き出すことになり、数万件では収まりません。
サーバーが読んでよいフォルダを、起動時に --data-dir で指定します(何度でも指定できます。環境変数 SHIWAKE_DATA_DIR でも指定できます)。
claude mcp add shiwake -- npx -y shiwake-mcp --data-dir /path/to/ledgers
Claude Desktop なら "args": ["-y", "shiwake-mcp", "--data-dir", "C:\\audit\\ledgers"] です。
指定したフォルダの外にあるファイルは、AI からパスを渡されても開きません。シンボリックリンクやジャンクションで外を指している場合も、たどった先で判定して読みません。
あとは「2025年度_仕訳帳.csv を screen_journals で見て」のように頼めば、ツールに file が渡ります。相対パスは、最初に指定したフォルダを起点にします。読めるのは .json と .csv(UTF-8・Shift_JIS)で、上限は 256MB です。手元の計測では、38万件(CSV 76MB)で約9秒、応答は約8万字でした。
まず手元で試す
リポジトリを clone すると、同梱のサンプルデータ(合成データ383件、既知の異常を混ぜてあります)で挙動を確かめられます。npm install は要りません。
git clone https://github.com/USHIKUNDESUYO/shiwake-mcp.git
cd shiwake-mcp
npm run demo
検査対象 383 件
検出 54 件 / 対象仕訳 25 件
重要度 high 13 / medium 16 / low 25
ベンフォード MAD 0.012241 → 許容の限界(n=383)
ルール別:
営業時間外の入力 11 件
キリのよい金額 9 件
!! 承認限度額の直下 7 件
! 重複仕訳 5 件
!! 起票者と承認者が同一 4 件
! 期末直前の大口計上 4 件
! 計上日と入力日の乖離 3 件
! 稀な勘定科目の組み合わせ 3 件
休日の計上 3 件
!! 貸借不一致 2 件
摘要が空 2 件
! 期末後の入力 1 件
確認の優先順位(上位 20 件):
[ 23] JV-0382 2025-09-06 3000000 self_approval, rare_account_pair, weekend_or_holiday, after_hours, round_amount, missing_description
[ 19] JV-0365 2026-03-30 8900000 self_approval, period_end_large, after_hours, round_amount
開発委託費
[ 17] JV-0362 2026-01-22 1200000 unbalanced, rare_account_pair, round_amount
業務委託費計上
(以下省略)
383件が25件に絞られます。スコアは各ルールの重要度の合計で、複数のルールに同時に当たった仕訳ほど上に来ます。
ツール
| ツール | 何を返すか |
|---|---|
screen_journals | 全ルールを当て、リスクスコア順に並べ替えた一覧 |
check_balance | 貸借が一致しない仕訳と、その差額 |
benford_analysis | 金額の先頭桁の分布、MAD、χ² |
detect_duplicates | 完全に一致する仕訳のグループ |
list_rules | 実装されているルールの一覧と趣旨 |
どのツールも、MCP のツール注釈で「読み取り専用(readOnlyHint)・外部に触れない(openWorldHint: false)」と宣言しています。何かを書き換えたり、外のサービスに送ったりはしません。
仕訳は journals に並べて渡すか、file でファイルのパスを渡します(前節)。
screen_journals が返す個々の検出(findings)は、上位 top 件(既定 50)の仕訳に関わるものだけです。件数の集計は常に全件です。全件が必要なら allFindings: true を渡します。check_balance と detect_duplicates の一覧も、既定で 200 件までです。
入力の仕訳は、簡易形と明細形のどちらでも受けます。
{
"id": "JV-0001",
"date": "2026-03-31",
"entered_at": "2026-04-02T23:41:00+09:00",
"debit_account": "売掛金",
"credit_account": "売上高",
"amount": 12000000,
"description": "3月度売上計上",
"created_by": "acc01",
"approved_by": "mgr01"
}
消費税や複合仕訳のように行数が増えるものは、明細形で渡します。
{
"id": "JV-0002",
"date": "2026-03-31",
"lines": [
{ "account": "外注費", "debit": 1000000 },
{ "account": "仮払消費税", "debit": 100000 },
{ "account": "買掛金", "credit": 1100000 }
]
}
1件でも読めない仕訳があると、既定では全体を止めて、何件目のどこが読めないかを返します。読めない行を除外して続けたいときは skipInvalid: true を渡します。除外した行は、何件目か・伝票番号・理由を添えて invalidRows に返ります。
entered_at は日付だけでも受けます。その場合は「計上日と入力日の乖離」には使い、「営業時間外の入力」には使いません。
CSV の読み方
会計ソフトから書き出した CSV を、そのまま渡せます。列名は次の候補から自動で当てます。全角と半角、空白、「(税込)」のような括弧の注記の違いは無視します。
| 項目 | 列名の候補 |
|---|---|
| 伝票番号 | 伝票番号・伝票No・仕訳番号・取引番号・No など |
| 日付 | 日付・取引日・計上日・伝票日付・仕訳日 など |
| 入力日時 | 入力日時・登録日時・作成日時・入力日 など |
| 借方科目・貸方科目 | 借方勘定科目・借方科目、貸方勘定科目・貸方科目 |
| 金額 | 借方金額と貸方金額、または 金額 |
| 摘要 | 摘要・内容 |
| 起票者・承認者 | 入力者・起票者・作成者、承認者 |
当たらない列は columns で指定します(例: { "date": "伝票日付", "amount": "金額(税込)" })。どの列を使ったかは応答の source.columnsUsed に返るので、確かめてから結果を読んでください。
1行に借方と貸方を持つ形を前提に、伝票番号と日付が同じ行を1つの仕訳にまとめます。複合仕訳の相手に使われる「諸口」は、同じ伝票の中で借方と貸方が同額なら取り除きます。合わないときは、貸借のずれを隠さないよう残します。
日付は 2026/3/31・20260331・2026年3月31日・R8.3.31・令和8年3月31日 などを読みます。金額の桁区切りと円記号は落とし、△ と括弧は負の数として扱います(負の金額は、既定では止まります)。見出しの前に表題の行があっても、見出しの行を探して読みます。エラーと除外の位置は、CSV の何行目かで返します。
弥生会計の「弥生インポート形式」(見出しの行が無い25項目または27項目の CSV)は、1項目めの識別フラグで見分けて、列の位置で読みます。2000・2111 は1行で1仕訳、2110 から 2101 までの行を1つの仕訳にまとめます。取引日付は 20260331・2026/3/31・R08/03/31 のどれでも読みます。列の並びは、弥生会計サポート情報「仕訳データの項目と記述形式」の表に合わせています。この形式には入力日時の列が無いので、入力日時を使う3つのルール(計上日と入力日の乖離・期末後の入力・営業時間外の入力)は動きません。
ルール
| ID | 内容 | 重要度 | 何を示すか |
|---|---|---|---|
unbalanced | 貸借不一致 | high | 手入力、取込不良、改変のいずれか |
self_approval | 起票者と承認者が同一 | high | 職務分掌が効いていない |
threshold_avoidance | 承認限度額の直下 | high | 分割計上による承認回避 |
duplicate | 重複仕訳 | medium | 二重計上、または正当な定期計上 |
reversal | 取消・訂正仕訳 | medium | 誤りの取消・訂正。期末をまたぐ組は期間帰属の確認へ |
backdated | 計上日と入力日の乖離 | medium | 期間帰属の誤り、遡及計上 |
post_period_entry | 期末後の入力 | medium | 決算整理と締めたあとの修正。統制の無効化が現れやすい |
period_end_large | 期末直前の大口計上 | medium | 利益調整が現れるならこの窓 |
rare_account_pair | 稀な勘定科目の組み合わせ | medium | 通常の取引フローから外れた処理 |
weekend_or_holiday | 休日の計上 | low | 業務サイクルの外での処理 |
after_hours | 営業時間外の入力 | low | 単独では弱いが、重なると効く |
round_amount | キリのよい金額 | low | 見積、概算、付け替え |
missing_description | 摘要が空 | low | 監査証跡としての品質 |
description_keyword | 摘要のキーワード | low | 事後の手直し、内容の定まっていない計上 |
voucher_gap | 伝票番号の欠番 | low | 削除・取消された伝票、出力の漏れ |
前提条件はオプションで渡します。
{
"fiscalYearEnd": "03-31",
"businessHours": [9, 18],
"holidays": ["2026-01-01", "2026-01-12"],
"approvalThresholds": [1000000, 5000000],
"backdatedDaysThreshold": 30
}
approvalThresholds と fiscalYearEnd を渡さなければ、対応するルールは動きません。関係のないルールが空振りして偽陽性を増やすより、明示的に止まるほうがよいという判断です。
「休日の計上」は、月末日付の仕訳を既定で対象から外します。月次・期末の整理仕訳は、土日でも月末の日付で計上されることが多いためです。3月31日が日曜だった2024年3月期のような年は、外さないと期末の整理仕訳がすべて当たります。月末も含めて見る場合は exemptMonthEnd: false を渡します。
「休日の計上」は、土日に加えて日本の祝日(振替休日・国民の休日を含む、2000〜2099年)を自動で見ます。祝日は内閣府の一覧を取り込まず、祝日法の規定から計算しています。2000〜2027年の全日で、内閣府の一覧と一致することを確かめました。年末年始のような会社独自の休日は holidays で足します。日本以外の元帳に使う場合は japaneseHolidays: false を渡します。
「重複仕訳」と「稀な勘定科目の組み合わせ」は、借方・貸方それぞれの科目を並べ替えてから比べます。明細の行の順番は結果に影響しません。
「期末後の入力」は、期末日より後に入力された、期末日以前の日付の仕訳を拾います。決算整理と、締めたあとの修正がここに集まります。「計上日と入力日の乖離」は既定で30日を超えた遅れしか拾わないので、3月31日付を4月10日に入力したような短い遅れは、こちらで拾います。fiscalYearEnd と entered_at がそろっているときだけ動きます。
「取消・訂正仕訳」は、同じ金額で借方と貸方を入れ替えた仕訳が 30 日以内(reversalWindowDays)にある組を、両方に相手の伝票番号を添えて返します。1件は1組にしか入れません。期末をまたぐ組は理由にそう書き添えますが、重要度は上げません。期首の洗替仕訳も同じ形になるためです。
「摘要のキーワード」の既定の語は「修正」「訂正」「取消」「調整」「仮計上」「不明」です。descriptionKeywords で差し替えられ、空の配列を渡すと止まります。「仮」1文字は仮払金などを拾いすぎるので、既定には入れていません。
「伝票番号の欠番」は、伝票番号を頭の文字と末尾の数字に分け(JV-0382 なら JV- と 382)、頭の文字ごとに連番の飛びを探します。欠けているのは仕訳そのものなので、前後の仕訳のスコアには入れず、欠番の一覧として返します。範囲の半分以上が欠けている番号は、連番で振られていないとみなして見ません。伝票番号の無い仕訳も見ません。
ベンフォード分析について
MAD の判定境界は Nigrini, M. J. Benford's Law (Wiley, 2012) Table 5.1 の値を使っています。実務で広く引かれている値ですが、法令や監査基準が定めたものではありません。
サンプルが300件を下回る場合、結果に注記が付きます。この判定境界は大標本を前提にしているためです。
そして、ベンフォードは母集団の性質を見る道具であって、個別の仕訳を判定するものではありません。分布が崩れていても、事業の性質(単価が固定の商売、規制価格、少額取引の多い業態)で説明がつくことが普通にあります。
この道具の限界
検出は不正の証拠ではありません。 どのルールも、正当な処理を大量に拾います。重複仕訳の多くは毎月同額の定期計上ですし、期末の大口は期末に売上が立つ商売なら当たり前に出ます。
この道具がやるのは、母集団のどこから見るかを決めることだけです。検出された仕訳をどう評価するかは、依然として人の仕事として残ります。
以下は、この道具ではできません。
- 監査手続そのものの代替(十分かつ適切な監査証拠は、これでは得られません)
- 不正の有無の結論づけ
- 勘定科目の内容的な妥当性の判断
- 税務上の取扱いの判定
監査意見の形成や、税務申告の根拠として使えるものではありません。
実データの取り扱い
examples/ に入っているのは合成データです。固定シードで生成しているので、node examples/generate.js を何度実行しても同じファイルになります。
.gitignore で *.csv *.xlsx journals.json /data/ を除外しています。実際の仕訳データをコミットしないための保険です。
サーバー自体はネットワークに出ません。読むのは stdin と、起動時に --data-dir で許可したフォルダの中の .json と .csv だけです。書くのは stdout だけで、ファイルには書きません。
テスト
npm test
107件のテストが走ります。MCP サーバーのテストは、子プロセスとして起こして実際に JSON-RPC を投げる経路で書いています。
CI は Node 20 / 22 / 24 で走ります。テストのほかに、依存が増えていないこと、package-lock.json が生まれていないこと、固定シードのサンプルデータが再生成しても一致することを検査しています。依存ゼロはこのリポジトリの前提なので、人の注意ではなく CI で守っています。
解説記事
このサーバーを書いた経緯と設計の判断は、記事にしています。
ライセンス
MIT
作者
星野宇潮(公認会計士・税理士)